10ケ月の空白

昨年は、戦時中の体験記をこのブログで書き綴ってきました。戦争という非人間的な時代と、その抑圧された時間を体験した者にとっては、60数年過ぎた今でも、忘れがたい、苦い経験として中々脳裏から去ってくれないものなのです。特に、最前線で敵と対峙し、…

感激した話

私のアメブロの今日付けで記事を書きましたので、良かったら覗いてみてください。一人でも多くの方々にこの感動を伝えたくて。記事は ameblo.jp/mikawanookina/にあります。以上

戦争中のはなし12

終戦間近のことども中学3年生から戦時動員令で、学業を中断し、生産性を上げるため、軍需関連の工場で働くことになりました。 学徒動員と呼ばれていました。 胸に自分で作った丸学と呼ばれる、赤の地布に簡易文字の学を墨で書き、それを制服に付けて軍需工…

戦時中のはなし 11

昭和19年から20年 警戒警報と空襲警報の回数が増え、警戒警報発令の間もなく、空襲警報が発令になるようになりました。 不気味なサイレンの断続的に鳴る音を聞いていると、何か奈落の底に引きずり込まれていくような、滅入った 気分にさせられました。 …

戦時中のはなし 10

昭和19年学校では、戦時色が段々深まっていくのが感じられました。 警戒警報、空襲警報の発令回数が次第に増えて きました。 夜間は、玄関下に掘った所謂防空壕に、一家防空頭巾に非常食を抱えてもぐりこみました。 親父殿が乾パンを一個ずつ家族に配ってく…

戦時中のはなし 9

今 東光で有名になった大阪府下の河内から来た転校生の私は、京都の悪がきどもにとっては、格好の いじめの対象ではありました。父親が家族を伴ってくるまでの短期間、私は父の上司の家に厄介になりました。 その家には、早稲田大学の弁論部の長男と立命館大…

戦時中のはなし 8

昭和18年、戦時下の中学生の夢は兵隊でも、下士官に、また将官になることでした。 その為には、早道として陸軍幼年学校あたりが手っ取り早いところでしたが、2年生から受験できることになっていました。 また中学4年か5年から高等学校に進学する代わりに、陸…

戦時中のはなし 7

昭和18年、私たちが中学の一年に進学した時は、全国の学校は戦時体制に完全に組み込まれていました。 軍事のための教育がすべて優先していました。 月に一回遠距離の行軍演習がありました。この時ほど体力と体形の差を覚えたことはありません。 5年生から出…

戦時中のはなし 6

昭和18年のころ当時6割くらいの生徒が小学校、いや国民学校を卒業して進学したようだ。 勿論進学先も一般の公立中学校や、 私立のや、工業、商業学校などあったが、主として公立中学校に進学した。 私もその例に漏れず、河内のど真ん中にある中学校に入学…

戦時中のはなし 5

昭和15-17年の頃小学、国民学校生のころは、殆ど戸外で一日を過ごしていました。 家の中で過ごした記憶があまりありません。 さすがに冬の寒い時は火鉢のまわりに集まっておしゃべりをしていたようです。 あれだけ一日に色々なことをしたな、と言うほど夏休…

戦時中の話 5

大東亜戦争、今で言う太平洋戦争、が始まってからの日本軍の南進の速度は驚異的でした。 アレヨアレヨという間にに南方の島々からフィリッピン、香港、マレーシア、タイ、ジャワ、セベレス、 ボルネオ、など次々に占領が続くのですから、地図を片手に日本の…

戦時中のはなし 4

小学生時代の続き私が通っていた小学校(後に国民学校)は、町役場と隣接していて、中央小学校的存在だったのでしょう。 毎年春になると、空いている教室や講堂を使って徴兵検査が行われていました。その当時は、男子20歳になると兵役義務が生じるので、そ…

戦時中の話 3

冒頭にて沢山の方々から貴重なアドバイスを戴いたことにお礼を申し上げます。 今後のこのブログを書いてゆく上で、また今後生を重ねていく上での指針にしたい と思っています。 そう言う意味で、この”戦時中の話”を、拙い文章ですが、私が見た、聞いた、感じ…

戦時中のはなし 2

小学生の時代 私はその当時としては珍しい転校を重ねた小学生でした。 博多で幼稚園を終え、小学校の入学式に行った翌日に東京に移りました。 不思議に東京の小学校の入校式に間にあいました。 昭和12年4月のことでした。記憶の中には博多の小学校入学式…

戦時中のはなし

終戦記念日以来、もろもろの刺激があって、戦時中の色々な出来事が 脳裏に噴出してきて、この暑さも手伝ってか少々憂鬱な気分に支配されています。この気分を落ち着かせることになるか、益々助長することになるかは、書いて みないと分かりませんが、諸々あ…

僅か2日ですが

僅か2日の接触ですが、皆さんが非常に精力的に ブログを書いておられるのに感心しました。 非常に真剣に、しかも真面目な視点で物事を見つめている 方も少数とはいえ散見されるのも嬉しいことです。終戦記念日があったので、靖国問題が多く取り上げられて …

白鷺草

今日は終戦記念日です。 朝から小泉首相の靖国参拝で全く騒々しいかぎりです。 はっきり言って、老輩は彼の取っているパーフォーマンスを 狙っての行動には、事の良し悪し以前に、不快感をもちます。 もっと静かに多くの英霊に祈りを捧げるように彼自身努力…

初登場

今日2006年8月14日は老輩にとってこのブログでの 初登場の記念すべき日であります。生を享けて75年、4分の3世紀を生きてきた一人の日本人 男性として、このブログを通じて余す人生を語り合う場が出来れば と考えている次第です。人生も残りの方が…